消してしまった、あのカット
ろうそくを吹き消す瞬間に、1秒ほど遅れてしまいます。炎はもう消えていて、歌もフェードアウトしかけていて、画面に映っているのは、まだ誰も見ていないケーキの前で息を吐いている途中の子どもです。キッチンに立ったまま一度再生して、ほかの誰にも見せないうちに消してしまいます。
そうしろと誰かに言われたわけではありません。スマホがそれを可能にしているから、撮影にかかった10秒と同じ時間で、そうしてしまうだけです。
見比べる相手がいなかった時代
ビデオカメラには、今のようなことはできませんでした。撮影と再生が、そもそも別の機械の仕事だったからです。1983年5月に発売されたソニーのベータムービーは撮影専用で、うまく撮れたかどうかは後になってようやくわかりました。1984年3月に登場したJVCのGR-C1でようやく再生機能がついて、撮ったばかりの映像を目を細めて確かめられるようになりました。それでも多くの人は、数か月後にテープを棚から取り出し、テレビの前に家族全員がそろってから初めて見ていました。
テープも消えていた、ただし理由が違う
とはいえ、テープが何もかも残していたわけではありません。家庭では自分のテープに何度も上書きしていました。家族のビデオカメラが実際にそうやって使われていたとおりです。カセットには実際にお金がかかり、収録できる時間も決まっていたので、なくなれば棚でいちばん古いものに上書きして新しい分の場所を作っていました。それはお金の都合であって、映像の出来とは関係がありません。消えるのはいちばん古いテープであって、いちばん出来の悪いテープではありませんでした。
スマホにはその制約がありません。容量は安く、ファイルも小さいので、何かを消さざるを得ない理由がないのです。クリップを消させているのは、撮ったその場で下す「出来がどうか」という一瞬の判断だけです。
テープの消去は、出来の良し悪しを見ていませんでした。スマホの削除は、映像が1日も経たないうちに下される、出来についての判決です。
その判断は「今」についてのもの、「あとで」ではない
あのろうそくのクリップを消すとき、実際には何を確かめているのでしょうか。よく見えるかどうか。構図がずれていないか、誰かが目をつぶっていないか、狙っていた瞬間らしく見えるかどうか。それはどれも、いまキッチンに立ち、実物のケーキの横で、この映像がどう見えるかというテストです。
5年後に意味を持つテストは、これとは別のものです。その子らしい音がしているかどうか。照れくさがる前の、あの子の本当の笑い方かどうか。今の声ではなく、4歳のときの本当の声かどうか。撮った10秒後にこのテストはできません。何を聞き取ろうとすることになるのか、まだわからないからです。2015年の時点で、どのなにげない動画があとで誰にも取り戻せない声を残しているかなど、誰にもわかりませんでした。
テープがたまたま正しくやっていたこと
だからといって、何も消すなという話ではありません。VideoBroのテープにできる編集はちょうど2つで、削除はそのひとつです。クリップの行をスワイプすれば消えます。長押しでトリミングできるのと同じく、テープのメンバーなら誰でもできます。こうした機能があるのは、クリップが本当にそのテープにふさわしくないこともあるからです。
この道具立てにわざと入っていないのは、クリップを格付けしたり点数をつけたり、削るよう勧めてきたりする機能です。あなたの知らないところでお気に入りを選ぶハイライト機能もありません。クリップは実際に撮影された順にただテープの上に並び、誰かが現像をタップするまでそのままで、できあがったフィルムは、ぼやけた部分も含めて、そこに残っていたものをそのまま収めます。内容そのものについて中立とは言えなくても、映りの良し悪しについては完全に中立です。
それでも消していいとき
消すに値するクリップもあります。コートのポケットの中を30秒写しただけの映像。すでに残した1本と、癖でもう一度撮っただけの完全な重複。映っている本人が本気で残したくないと言うなら、それは正当な答えであり、それで話は終わりです。撮れ具合とは関係ありません。どれもフレームに実際に何が写っているかの話で、それなら撮ったその瞬間に判断していいのです。今までどおりです。
つまり目安は「絶対に消すな」ではありません。「何が写っているかで消し、見た目で消すなら少し待て」です。内容に問題があるなら、すぐに消していいのです。ぼやけている、構図がずれている、誰もレンズを見ていない、といった理由なら、その判断は寝かせる価値があります。何を撮るかについても同じことが言えます。撮っている最中は飛ばしてよさそうに見える、あのなにげない数分こそ、テープを現像したあとになって残しておいてよかったと思えることが多いのです。
そのぼやけた1本を、20年後に誰かが見たがるかもしれません。テープに残しておいて、判断はあとにしましょう。